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世話人

東京慈恵会医科大学名誉教授
新村眞人

慶應義塾大学医学部先端医科学研究所教授
佐谷秀行

レックリングハウゼン病とは

1. はじめに

    レックリングハウゼン病とは、von Recklinghausen病と言われていた病気のことを示し、現在では神経線維腫症1型、英語ではNeurofibromatosis(ニューロフィブロマトーシス)type1 といい、略してNF1ということがあります。本疾患は、現在にいたるまでいろいろな医師や学者がいろいろな観点から病気を分類してきたため、同じ病気でありながらいくつかの異なる名前がつけられてきました。それぞれの病気の分類や名前には意味があり、臨床上有意義なのですが、どうしても混乱を来しやすいということが否めません。本学会では、原因となる遺伝子に着目して、他の類縁疾患と区別して研究対象としていきます。原因遺伝子としては、常染色体17番の長腕にあるNf1遺伝子の異常が原因として起こる疾患を研究対象にしています。

2. レックリングハウゼン病とは(患者さんとそのご家族へ)

◎はじめに

    ヒトの細胞は約60兆個の細胞によって構成されるといわれます。そのすべての細胞は、たった1個の受精卵から始まり細胞分裂を繰り返しながらヒトの形を形成して行きます。そして個々の細胞はその細胞として特殊な役割をもって分化(特定の機能を持つようになること)を成し遂げ、その役割をそれぞれの臓器や場所で機能を発揮します。
    NF1の病気に限らず、おおよそ病気と言われるものはそれぞれの臓器や組織とそれを構成する細胞になんらかのトラブルが生じて病気になると考えられます。たとえば、風邪をひいて鼻水がでるとか、咳が出るといった場合、鼻の粘膜の細胞に風邪のウイルスが感染して、そのため鼻水(細胞が分泌する)が出るとか、気道や咽頭にウイルスが感染してその細胞や呼吸器という器官に障害をおこして咳が出るというように説明すると理解できると思います。
    さて、その細胞の一つ一つについては、核という遺伝情報を持っている細胞内の小器官があります。精子や卵子を除き、基本的に体中のすべての細胞は同じ遺伝情報を持つ核を持っています。そしてその細胞は核の遺伝情報に従って働いています。たとえば、皮膚を作る細胞と神経を作る細胞は同じ遺伝情報をその核の中にもっていますが、皮膚では皮膚の細胞を作るように、神経では神経の細胞を作るように運命付けらており、遺伝情報がその情報に従って遺伝子の発現を操作しています。またヒトが病気になる時は、生活習慣や環境の要因と、生まれながらにもった遺伝的素因(遺伝子の運命によって操作される素因)が複雑に絡んで病気になると考えられています。
    NF1もしくはNF2という病気を理解するためには、遺伝子とその遺伝子が作るいくつかの因子とその因子が制御する細胞レベルの話と、その細胞が集まって形作られる組織、器官、そして全体としてのヒトというそれぞれのレベルでの話と、それぞれのレベルで理解する必要があります。逆にそれぞれを混同すると、誤解や理解の齟齬がでてきます。医師から話を聞くとき、書籍やネットで調べる時、話題となっていることがどのレベルの話なのかを確認して情報を得るようにしてもらいたいと思います。

◎遺伝子とは

    遺伝情報を伝える遺伝子の本体は「DNA」という物質です。「DNA」はA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という四つの構成成分(塩基)の連続した鎖です。この構成成分(塩基)がいくつもつながって遺伝子になります。1つの細胞の核中には数万種類の遺伝子が散らばって存在しています。全ての遺伝情報を総称して「ゲノム」といいます。 遺伝子には二つの重要な働きがあります。一つ目の働きは、精密な「体の設計図」です。受精した一つの細胞は分裂を繰り返して増え、一個一個の細胞が「これは神経の細胞」、「これは目の細胞」と決まりながら、最終的には約60兆個まで増えて人体を形作ります。 二つ目の働きは、「種の保存」です。先祖から現在まで「人間」という種が保存されてきたのも、遺伝子の働きによります(進化という概念はもっと長い時間の間に起こってくるのでここでは考えません)。 一方で、NFを含め、ほとんど全ての病気は、その人が生れながらに持つ体質(遺伝素因)と病原体、生活習慣などの影響(環境因子)の両者が組合わさって起こります。遺伝素因と環境因子のいずれか一方が病気の発症に強く影響しているものもあれば、がんや動脈硬化などのように両者が複雑に絡み合っているものもあります。遺伝素因は遺伝子の違いに基づくものですが、遺伝子の違いのみでは多くの病気は、その症状の多彩さが説明出来ず、環境因子や原因遺伝子以外の遺伝子の違いなどとの組合せも重要と考えられています。

◎NFという病気について考えると

    1型も2型も含めてNFという病気について考えた場合、遺伝的素因が病気の原因の大部分を占めます。しかし、一つの遺伝子が原因として見られる病気としては多彩な病状を示すので、遺伝的素因のみでは説明が出来ず、生活習慣や環境因子など他の因子の関与が関係しているのではないかとも考えられています。その他の因子がなにであるかが解明出来れば、たとえ病気を持っていても、その進行を遅らせたり、悪性化を食い止めることが出来るのではないか考えられます。これに関しての研究も進みつつあります。また、細胞レベルでは、原因遺伝子の作る分子の細胞内での働きを解析することにより、その失った機能を修復することにより病気の進行や悪性化を防ぐような薬なども開発探索できることも可能となります。 このように、病気対策としては、先に説明した生活環境や環境因子と言った個体レベルのアプローチと、細胞の機能という観点からの分子レベルのアプローチの2種類の大きな方法があり、それぞれのレベルで理解する必要があります。分子レベルでの理解では、人としての個体ではなく、細胞一つ一つの中で起こっていることを考えますから、その点をあらかじめ理解しておく必要があります。

◎NF1の遺伝子(ニューロフィブロミン遺伝子とは)

    NF1の遺伝子は、1980年代の後半から1990年代初めに掛けて染色体の位置の同定や、全塩基配列がいくつかの研究グループの独自の調査研究により同定されました。その結果、NF1の遺伝子は、第17番染色体の長腕に位置し、その大きさはゲノム上30万塩基対を越え、cDNAで9000塩基ちかい巨大な分子であることが判明しました。その遺伝子の作り出す蛋白質は低分子量G蛋白質であるRasを制御する機能を持つ遺伝子であることが、相同性から判明しました。また、驚くべきことに、酵母(お酒などを作る時に使う酵母)にもそれに類似した分子が存在し、酵母からショウジョウバエやマウス、人にいたるまで、それぞれの細胞が持っていることが明らかになりました。つまり、NF1の分子は細胞の中で非常に重要な働きをしているといえます。 遺伝子の改変技術の進歩により、このNF1の遺伝子を欠損させた病気のモデルになるマウスが作られました。これまでに何種類か別々の方法で作られています。しかしながら、人で見られるようなカフェオレ斑のような皮膚の症状をみるマウスは見られていません。また、完全に欠損した場合(父親由来も母親由来の遺伝子の両方とも欠損した場合)は、ネズミは胎児の内に死亡してしまいました。最近では、神経組織だけとか、血液系の細胞だけとかでNF1の遺伝子を欠損させる技術が可能となり、それらを用いた研究も進んでいます。 また、より基礎的研究として、ショウジョウバエを用いて研究を進めている研究者もいます。興味深い手法として、ショウジョウバエでは、学習障害のモデルとしての研究が進められています。これらの研究は一見病気や薬の開発とは関係ないように思われるかも知れませんが、新薬の開発の段階で、毒性試験や、その他の臨床上の根幹を支持するとても重要な研究と考えられています。 さて、分子生物学的な話題にもどると、NF1の分子は、低分子量G蛋白質Rasの働きに対して負の制御をする働きをします。このRasという分子は細胞を増殖したり、分化させたりする働きがあり、それを負の制御(細胞の増殖や分化を抑制する働き)すると考えられています。その他、細胞の生理的機能を保つ幾つかの分子との相互作用も研究の結果報告があります。しかし、まだNF1には、未知の機能があると考えられ、研究が進められています。

◎Ras分子について

    NF1の遺伝子産物であるニューロフィブロミンが制御すると考えられている主要な因子の一つに、Rasという分子があります。 Rasは低分子量G蛋白質と呼ばれる細胞内の情報を伝達する際のスイッチのように働く分子です。低分子量G蛋白質には、4つほど大きなグループがあり、Rasはその一つの大きなグループの一つに属します。Rasには、ヌクレオチドであるGDPが結合したものと、GTPが結合した2つのタイプが存在して、GTP型とGDP型をそれぞれ切り替えることであたかもスイッチを、オンーオフをするように細胞の中で機能します。通常GTPが結合したGTP型がオンの状態で、GDPが結合した状態がオフの状態です。細胞内で、オンの状態になれば、その情報を次の分子などに伝えることが出来ます。たとえば、細胞に『分裂しなさい』という情報が伝わった場合、細胞内の分子群はこのような情報のスイッチを入れたり切ったりしながら最終的に細胞を分裂させます。そして、このような分裂などの細胞の制御は生理的に細胞が正常に働くように精密に制御されています。つまり、Rasという分子は細胞の中でのいろいろな機能を保つためのスイッチのようなものと考えてもらうことができます。 そのスイッチをオフ、つまり切る働きをするのが、NF1の遺伝子から作られる分子です。よって、病気の状態では、このRasの分子がオンになったままの状態になっているのです。このオンになったままの状態が原因でいろいろな病気の状態を作っていると考えられます。ですから、治療としては、このスイッチをコントロールする治療が一つの手段として考えられます。それを目標に各種の新薬の開発がすすめられています。

外部リンクー: GRJ(Gene Reviews Japan)
Gene Reviewという海外の遺伝疾患などの専門内容を医療関係者向けに記述したもの。

 ー信州大学医学部のHPへー

3. 診断基準

1. 症候

    (1) カフェ・オ・レ斑
    扁平で盛り上がりのない斑であり、色は淡いミルクコーヒー色から濃い褐色に至るまで様々で、色素斑内に色の濃淡はみられない。形は長円形のものが多く、丸みを帯びたなめらかな輪郭を呈している。
    (2) 神経線維腫
    皮膚の神経線維腫は思春期頃より全身に多発する。このほか末梢神経内の神経線維腫(nodular plexiform neurofibroma)、びまん性の神経線維腫(diffuse plexiform neurofibroma)が見られる。

 

2. その他の症候

    ① 骨病変-脊柱・胸郭の変形、四肢骨の変形、頭蓋骨・顔面骨の骨欠損など
    ② 眼病変-虹彩小結節(Lisch nodule)、視神経膠腫など
    ③ 皮膚病変-雀卵斑様色素斑、有毛性褐青色斑、貧血母斑、若年性黄色内皮腫など
    ④ 脳脊髄腫瘍-脳神経ならびに脊髄神経の神経線維腫、髄膜腫、神経膠腫など
    ⑤ 脳波の異常
    ⑥ クロム親和性細胞腫
    ⑦ 悪性神経鞘腫

 

3. 診断上の基準

    カフェ・オレ斑と神経線維腫がみられれば診断は確実となる。
    小児例では、径1.5cm 以上のカフェ・オレ斑が6 個以上あれば本症が疑われ、家族歴その他の症候を参考にして診断する(ただし両親ともに正常のことも多い)。成人例ではカフェ・オレ斑が分かりにくいことも多いので、神経線維腫を主体に診断する。

 

4. 重症度分類 

    重症度分類(皮膚、神経、骨の症状)よりステージ分類する。
    ●皮膚症状
    D1 色素斑と少数の神経線維腫が存在する
    D2 色素斑と比較的多数の神経線維腫が存在する
    D3 顔面を含めて極めて多数の神経線維腫が存在する
    D4 びまん性神経線維腫などによる機能障害や著しい身体的苦痛又は悪性末梢神経鞘腫瘍の併発あり
    ●神経症状
    N0 神経症状なし
    N1 麻痺、痛み等の神経症状や神経系に異常所見がある
    N2 高度あるいは進行性の神経症状や異常所見あり
    ●骨症状
    B0 骨症状なし
    B1 軽度の脊柱変形ないし四肢骨変形あり
    B2 中程度の non-dystrophic type の脊柱変形あり
    B3 高度の骨病変あり[四肢骨変形、骨折、偽間接、dystrophic typeの脊柱変形(側弯あるいは後弯)、頭蓋骨欠損又は顔面骨欠損]
    Stage 1:D1 であって、N0 かつBO、又はB1 であるもので、日常・社会生活活動にほとんど問題ない
    Stage 2:D1 又はD2 であってN2 及びB3 を含まないもので、日常・社会生活活動に問題あるが軽度
    Stage 3:D3 であってN0 かつB0 であるもので日常生活に問題はないが、社会生活上の問題が大きい
    Stage 4:D3 であってN1 又はB1、2 のいずれかを含むもので(ただしStage 5に含まれるものを除く)、日常生活に軽度の問題があり、社会生活上の問題が大きい
    Stage 5:D4、N2、B3 のいずれかを含むもので、身体的異常が高度で、日常生活の支障が大きい

 

5. 特定疾患治療研究事業の範囲

    (年度ごとに改訂される可能性があります)
    Ⅰ型の診断基準により神経線維腫症と診断された者については、重症度分類のstage 4、5 に該当する者を対象とする